津川しょうごNews2012年5月5日号

高速ツアーバス事故について
~安全規制の強化と実効性確保~


 4月29日、群馬県の関越道において、金沢から千葉に向かって走行中の大型バスが防音壁に衝突し、7名もの死者を出す重大事故が発生しました。現在のところ警察と国土交通省の関東地方運輸局によって事故原因の究明等を行っているところです。

 報道などでは小泉改革以来の自公政権による規制緩和の代償として安全がないがしろにされた結果ではないか、との論調が多いようですが、あまり短絡的に断定するのではなく、冷静に事故原因を究明し、再発防止策を急ぐことが肝要であると考えます。

 マスコミが指摘するように、規制緩和で事業者が増えた一方で国家公務員の定数が削減され、立ち入り検査などで直接的に現場を規制することが難しくなったことは事実です。しかし、実は現在分かっているデータを見る限りでは、新規参入した中小の貸切バス会社と既存の大手の会社との間で、事故の発生率などに明らかな違いは確認できません。また、規制緩和により現場の創意工夫が図られ、より消費者ニーズに合ったサービスが増えてきているのもまた事実です。従って、先祖返りのように、国が民間企業の自由な競争を制限するような強い規制をかけるやり方に戻すことがいいとは考えていません。

 しかし一方で、今回事故を起こした貸切バス会社に立ち入り検査を行ったところ、多数の法令違反が確認されており、安全確保のための規制が現場で十分に機能していなかったことは既に明らかになっています。従って、単に交代運転者の配置指針や基準を厳しくするなどの規制強化だけをして良しとするのではなく、現場での実効性を確保することこそが課題です。

 単にルールを厳しくするだけでは、まじめにルールを守る会社だけが大変になり、平気でルールを無視するような会社が安さだけで不当に競争をあおる危険も否定できません。また、ルールを守らせるために立ち入り検査をする公務員を大幅に増やすというのも現実的ではありません。従って、安全対策など必要な社会的規制は強化するとともに、その実効性を確保するために利用者に対して安全対策の情報を明示させること等が有効であると考えています。

 事故発生後、直ちに省内に事故対策本部を立ち上げ情報収集などに当たっていますが、それに加えて副大臣をヘッドにした特命チームを立ち上げることとしました。行政サイドや業界団体のみならず、現場の労働者や利用者の視点での安全規制の強化について至急検討し、夏の多客期までにできることは前倒しで実施するよう対応を強化していきます。

津川しょうごNews2012年04月20日号

新東名、静岡県内区間供用開始
~多重性確保へ一歩前進~


 4月14日、建設中の新東名高速道路のうち静岡県内区間(御殿場JCT~三ケ日JCT)の162kmが開通しました。元々の工期は来年3月まででしたが、現場を始め関係者の努力によりほぼ一年前倒しし、今年のゴールデンウィークまでに間に合わせて頂くことが出来ました。ご尽力いただいた方々に心から感謝申し上げます。

 新東名は新名神とともに、この国の中心である関東~中部~関西の三大都市圏を結ぶ大動脈であり、慢性的な渋滞が発生している現在の東名・名神の交通を一部分担することにより、渋滞の解消や事故の減少などが期待されています。

 また、普段から東名を利用されている方は良くご存じでしょうが、毎年秋ごろには集中工事が行われます。道路の適切な維持管理のためには欠かせない工事ですが、この集中工事による激しい渋滞などの経済活動への影響は少なくありません。それだけではなく、昭和40年に全線開通した東名高速道路は、毎年の集中工事よりもさらに大規模な改修工事が必要な時期も近づきつつあります。今回開通した新東名により、渋滞の発生を抑制しながら現東名を大規模改修することなどが可能となり、より適切な維持管理が期待できます。

 それらに加えて、昨年の震災以降、特にその必要性が指摘されてきたのが、「多重性の確保」というものです。震災で東北道が使えなくなっても、日本海側のルートが代替路線として活躍したように、重要な地点を結ぶルートは複数確保されていることが必要です。

 これまで、三大都市圏を結ぶ高速道路のルートとしては東名の他に中央道がありましたが、どちらのルートとも渋滞が発生しており、仮に東名が長期間使えなくなった時の代替路線としては不十分でした。今回開通した新東名は、現東名よりも地震などの自然災害に強い構造となっており、災害時等の代替路としての期待は大きいものがあります。今後さらに神奈川県や愛知県の区間についても工事を進め、災害に強い安心・安全の国土づくりを進めてまいります。

 余談ですが、私自身、政治家になる前は建設会社の社員として工事現場で働いており、第二東名の現場も担当していました。現場からは具体的な問題点が見える一方、政策決定する側の永田町や霞が関は現場を知らないままにピントのずれた議論をしているように見え、この現場の声をいつか伝えなければならないと感じながら仕事をしていました。

 ある日、市内から第二東名の現場へ戻ろうと軽トラックを運転している時、AMラジオから当時出来たばかりの民主党が候補者を公募しているとのCMが流れてきて、「これだ!」と思ったのが、政治の世界に入る直接のきっかけです。

 そもそも現場のことすら十分に知らない27歳の若者がいきなり国政に挑戦したわけですから、支援をして頂いた方々には色々とご迷惑もおかけしました。まだ振り返る年齢ではありませんが、私に政治の道へのきっかけを与えてくれた工事現場が一つの節目を迎えたこの日、改めて多くの方々に感謝し、初心に帰り「現場主義」で政治を前に進めていくという思いを新たにしたところです。

津川しょうごNews2012年4月5日号

次世代ITS実現へ前進
~国交省内に検討会を設置へ~

 昨年の震災の前から、私の主宰で高速道路の自動運転に関する勉強会を国土交通省内で開催してきました。これまで、メーカーや有識者の方等のご意見を伺い、実際に研究開発現場を視察するなど調査を重ね、自動運転の効果や現在の技術水準の確認をし、今般、その実現に向けたロードマップなどを取りまとめ、発表しました。

 まず、特定の運営会社がドライバーから一定の区間の運転を請け負うといったシステムを想定し、そのような自動運転のシステムを「オートパイロットシステム(仮称)」と命名。今後、その実現に向けて、事業面・制度面・安全面・社会的受容面等の課題を整理するため、有識者を加えた正式な検討会を省内に設置することとしました。

 また、「路車間・車車間協調型の運転支援」に関する検討・実験を重ね、来年2013年に東京で開催されるITS世界会議において、デモンストレーションを行うとともにオートパイロットシステムの実現時期の公表を目指すこととしています。現段階においては概ね2020年台初頭には実現したいと考えていますが、技術面のみならず法制面の整備等も検討する必要がありますので、この一年でそれらの課題を整理し、来年の会議の場で世界に向けて発信したいと考えています。

 これまでもメーカーなどで自動運転に関する技術研究は進められており、その研究の成果として、先行車との車間や速度等を維持する車両制御技術(ACC)などが開発され、既に市販車にも導入されつつあります。しかし、完全な自動運転となると、更なる技術開発に加え、法律上の整理や社会的に受容されるかどうかといった課題もあり、メーカーだけでは方向性が出せないところまで来ています。一方で、昨今の情報通信インフラの急速な進展もあり、技術的な課題については解決の見通しが立つようになってきており、まさに今こそ官民が一体となって自動運転の実現に向けた方向性を出すべきタイミングとなってきています。

 高速道路におけるオートパイロットシステムの実現は、渋滞の解消や交通事故の抑制、CO2排出削減といったことのみならず、新しい交通文化を生み出すものだと私は考えています。仮にいま、静岡から東北や北陸、関西などへ家族旅行に行こうとすれば、新幹線や飛行機を使う方が多いと思います。お子さんが小さいご家庭などでは車でお出かけになる方もあるでしょうが、運転はそれなりに負担になります。もしオートパイロットが実現できれば、その区間はあたかも鉄道の個室で移動しているように過ごすことが出来るでしょう。安心感のある鉄道の旅にも、自由度の高い自動車の旅にもそれぞれの魅力がありますが、それに加え、オートパイロットが新しい交通の形態を提案できるものだと考えています。

 また、このシステムを日本固有のものにすることは得策ではないとも考えます。オートパイロットシステムを支える基幹的技術はセンサー技術であり、日本が最も得意としている分野の一つです。日本がリードしながら世界を巻き込んでいくことで、日本のものづくり産業の競争力を強化しつつ、世界中の交通事故撲滅に貢献することも可能です。また、個人的には間もなく開通する第二東名などでのモデル的な取り組みなども想定しつつ、今後新しく省内に設置する検討会において、実現に向けた議論を加速させてまいります。
 

ナンバープレートのあり方について
~有識者の懇談会が中間とりまとめ~

 3月26日、自動車の「ナンバープレートのあり方に関する懇談会」において、中間とりまとめをして頂きました。この懇談会は、奄美の方々や岩手県平泉町などからのご当地ナンバー新設の要望に対する対応を協議した際、当時の大畠大臣からナンバープレートのあり方についてより幅広い検討するよう指示を頂き、その検討の場として設置したものです。私自身、自動車局担務の政務官として検討をする立場ですが、それだけでなく奄美などの離島振興を担当する国土局も担務しており、また平泉に関しては復興大臣政務官としても担当していますので、色々な立場からこの懇談会に出席してきました。

 懇談会では、ナンバープレートの機能・役割を改めて整理したうえで、表示項目や視認性、形状に至るまで本当に幅広くご議論いただきました。今回の「中間とりまとめ」では、ご当地ナンバーについては前向きに検討することを確認し、あわせて希望ナンバー制についても、特定番号の枯渇を避ける対策が必要と結論付けています。また、それらの対策をとった際にナンバープレートの情報量が増え視認性が低下することが懸念されることや、車体のデザインとの関係からプレートの形状についても見直すことも提案されています。一部のマスコミで横長のナンバープレートの写真が報道されたかと思いますが、あくまでもイメージの案ですので、今後「最終とりまとめ」にむけて更に議論を深めていく予定です。

 また現在、この「中間とりまとめ」についてのパブリックコメントを実施しています。期間は今月の24日までで、電子メール、FAX、または郵送でご意見をお寄せください。詳しくは国土交通省のホームページ、もしくは電子政府の総合窓口(イーガブ)のパブリックコメントのページをご覧ください。自動車ユーザーのみならず、幅広い方々のご意見をお待ちしております。

津川しょうごNews2012年3月20日号

各地で復興の槌音
~金浜海岸工事着工式(宮古市)~

 3月8日、岩手県宮古市の金浜海岸で海岸堤防の本格的な復旧工事が始まり、その着工式に出席してきました。宮古湾の最奥部に位置する金浜海岸の堤防は、比較的強度が高いと考えられていたタイプの構造であったにもかかわらず、一部の区間が完全に破壊。これまで応急復旧などでしのいできましたが、今回、他の地区に先駆け本格的な復旧工事に入ることが出来ました。

 今回の震災では、東北地方の太平洋沿岸数百キロが大津波に襲われ、各地で海岸堤防が大破したため、取り敢えずの応急復旧を済ませた後、高潮などに対応するための仮復旧などをするだけでも膨大な作業量となりました。しかし、現場の皆さんを始め関係者の最大限の努力により、予想されていたよりも早く本格的な復旧工事に入ることが出来ました。

 この本復旧工事が完了すると、従来の堤防よりも嵩上げされるとともに、仮に越流することがあっても壊れにくい構造に強化される予定です。もちろん堤防によって全ての津波が止められるわけではありませんから、構造物を過信せず、「必ず避難する」という今回の教訓も合わせて次代に伝えていきたいと思っています。なお、この工事には震災によって発生した災害廃棄物(がれき)も使われています。様々な復旧・復興工事を進めるとともに、災害廃棄物処理も加速させていくつもりです。

官民連携による成長戦略の推進
~ベトナムでのエコシティ開発協力~

 先日、国土交通省の公務でベトナムのハノイに行ってきました。
 政権交代以降、日本経済を成長させるため、アジアなどの成長著しい地域の活力を日本に取り込む戦略を政府全体で進めています。国土交通省でも、世界に打って出る民間企業と連携し、日本の強みを海外に戦略的に売り込むことを始めました。例えば、新幹線などはJRや車両メーカーとともに大臣が海外に出向き新幹線システムを丸ごとトップセールスをするなど、以前は出来ていなかった官民連携でのセールスを強化しているところです。

 今回私が行ったベトナムは、一時の急成長は収まったものの未だ高い成長率を維持しており、ハノイやホーチミンなどの都市では、積極的なインフラ整備が進められています。しかし、成長が急であるがために、環境対策などが間に合わず、かつて日本が経験したような公害等の社会問題が発生しつつあります。

 そこで、我々のミッションは、省エネルギーで低炭素な「エコシティ」を郊外に作って都心部と鉄道で結ぶエコシティ開発事業を提案し、日本企業の高い技術力を提供しつつ、日本の都市開発の反省も活かしながら環境に優しい街を作り、同時に彼らの成長力を日本にも取り込もうというものです。

 ベトナムとは商習慣も国の制度も違うため、民間だけで都市開発などの巨大プロジェクトに参画するのはリスクが若干高いといわれています。そのため、国土交通省が前面に出て先方の建設省などと直接交渉することで、これまで韓国や中国などに先行されていたこの分野においても、日本の国際競争力を強化できると考えています。

 今回、私はベトナム建設省のギ副大臣やタオ・ハノイ市人民委員長などと会談し、日越両国で協力してエコシティ開発の調査を進めていくことに関する調印をすることが出来ました。現地滞在時間26時間、一泊三日という限られた時間でしたが、現場も見られましたし、大変有意義な会談が出来たと思っています。まだまだ長い道のりが待っていますが、日本企業にもベトナムにも大きなメリットのある巨大プロジェクトですので、成功に向けて官民一体となって努力をしてまいります。

東日本大震災津波岩手県・陸前高田合市同追悼式に出席

 本日14:46、あの巨大地震発生から一年がたちました。私は岩手県と陸前高田市の合同による追悼式に出席し、皆さんとともに一分間の黙祷と献花をさせていただきました。


 私は地震発生当時東京におり、まず国土交通省で緊急災害対策本部を立ち上げ、翌朝にはヘリで福島入りしました。現場では、目の前の現実がリアリティーを持って感じられなかったことを覚えています。

 
 それから暫くは東京にも戻らず、約3カ月ほど福島の被災者支援にあたった後、6月からは岩手の復興の担当となり、結局この1年は殆ど地元の静岡には戻りませんでした。

 
 しかし私にとって、被災者支援と被災地の復興、更にそれに続く全国防災は、自分の政治生命をかけても余りある大きな仕事です。責任ある立場で直接関わらせて頂いていることに感謝しながら仕事をしています。


 今は岩手と青森の復興に力を尽くしていますが、その復興の第1ページ目には鎮魂がなければならないと考えてやってきました。


 復興に携わる者として、今は立ち止まる時でも振り返る時でもありませんが、今日の1分間だけはしっかりと立ち止まり、改めて衷心より哀悼の誠をささげさせていただきました。


 これからふたたび、犠牲になられた方々への鎮魂を胸に、一刻も早い復興に向けて力を尽くしてまいります。

津川しょうごNews2012年03月05日号

復興に子どもの視点を
~被災地の子供たちから意見書~


 2月25日、被災地の子どもまちづくりクラブのメンバーから、まちづくりに関する意見書を頂きました。当日は、岩手県山田町、陸前高田市、宮城県石巻市から6名の小中学生が上京。復興庁で平野大臣等に直接意見書を手渡したうえで、一時間ほど意見交換をしました。

 子どもたちの意見の中心は、「もっと子どもの意見も聞いてほしい」というもの。例えば、小中学校の校庭に仮設住宅が数多く設置されていますが、そのために子どもたちの運動場が不足していることもあり、「仕方がないと思ったけれど、説明がほしかった」といった意見を頂きました。また、被災地の復興計画策定のプロセスにおいても、子どもが意見を言う機会を確保するよう求められました。彼らは県や市町の復興計画もよく読みこんだ上で、既に自治体にも意見を直接伝えており、その上で、今回は国に対しても協力を求めたものでした。

 私は、昨年の6月から岩手で復興支援を進める中で、被災者の方々の思いを形にする復興を目標としてきましたので、被災者の生の声を大切にしてきました。復興は復旧と違い、新たなまちづくりという側面があります。そのため、国や県の考えを押し付けるのではなく、あくまでもそこに住む地域住民の皆さんの思いを基本として、それを実現するために、自治体・県・国が連携し、技術的・財政的問題を解決していくのが今回の復興のプロセスです。

 しかし現場で色々お話を伺っていると、高台移転一つとっても、同じご家族のなかでも正反対の意見がある等、意見集約の難しさを痛感しています。それでもまちづくりの方向性を早く決定しなければなりませんから、根気よくお話を伺い、なんとか意見を集約し合意形成を図るしかありません。実際に一軒一軒歩いてお話を伺っている自治体職員の皆さんのご苦労には、本当に頭が下がります。

 ただ、そんな中で私が気になったのが、子どもたちはどの様に考えているかということ。当初は子どもたちの心的ストレスも心配でしたから、すぐに聞けるものでもないと思っていましたが、昨年12月、子どもたちでまちづくりを考えるグループが出来たと聞き、私も話し合いの場に参加させていただきました。そのグループのメンバーが、今回東京に来てくれた子どもたちです。

 彼らは、社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの支援により活動している団体で、小中学生が中心となって自分たちのまちの復興について話し合い、その実現に向けて活動しています。彼らの発想は自由で夢がある半面、奇想天外であったり、あるいは東京のマスコミに毒されている等、なかなか集約が難しそうに感じましたが、近い将来、この町を支える立場になる彼らにとっても、何らかの形で復興に関わることは大変重要であると感じました。彼らの話し合いに参加した際に、「国にも意見を伝えたい」とのことでしたので、今回の平野大臣との面談の機会をセットさせてもらいました。

 当日は子どもたちからも良く質問が出て、大臣からも丁寧に答えて頂きました。ただ、当然もっと多くの子どもたちの意見を聞かせて頂く必要もありますので、今後、岩手などの復興局が中心となって、さらに多くの子どもたちの意見を聴く場を作るべく、自治体や関係団体と作っていきたいと考えています。

津川しょうごNews2012年02月20日号

復興庁岩手復興局を開設
~復興の司令塔、体制強化~


 2月10日、野田内閣総理大臣をトップとする復興庁が発足し、担当する初代復興相に平野達男参議院議員が就任しました。本部は東京に置かれますが、被害が特に甚大だった岩手・宮城・福島には出先機関として復興局がおかれ、更に被災地に支所や事務所がおかれるなど、体制が強化されました。私も復興大臣政務官を拝命し、引き続き主に岩手を担当することとなりましたので、これまでの経験を生かし、復興推進に力を尽くしてまいります。

 当初の復興庁設置法案では、専任の大臣政務官ポストを増設する予定でしたが、野党側から政務官の増員を見送るよう要求され、結果的に他の省庁の大臣政務官が兼務することとなりました。このため、私も国土交通大臣政務官と復興大臣政務官の兼務となります。

 東京のマスコミなどでは、これから復興がスタートするかのような報道がありましたが、その認識には現場としては違和感があります。私達は昨年の6月から現地入りし、被災者に寄り添い被災地の思いを形にする復興を実現するために、精一杯汗をかいてきたつもりです。この8ヶ月間の支援を通して、被災自治体との信頼関係も築くことが出来ました。ですから私としては、今回の組織改編はこれまでの支援を更に強化・迅速化する節目であるととらえています。岩手でも、これまでの盛岡に加え釜石と宮古に支所を開いたので、これまでよりも対応を強化・迅速化できるものと考えています。

 今、現場では、復興特区や復興交付金事業など、まさに本格復興を動かす大きなヤマ場を迎えており、神経と体力を使う日々が続いています。重要なことは組織の看板ではなく、実質的な復興事業の進捗であることは言うまでもありません。各省から来ている30人のスタッフとともに、一刻も早い復興実現のために、「引き続き」全力を尽くしてまいります。


島田市で岩手県の災害廃棄物(がれき)を試験焼却
~市長と市民の皆様のご理解ご協力に、心から感謝します~


 先週、島田市で岩手県山田町の災害廃棄物(がれき)の試験焼却が行われ、焼却灰の放射性セシウムは64Bq/kgだったことが島田市から発表されました。これは、埋め立て可能な焼却灰の基準(8,000Bq/kg)を十分に下回るものであり、一般家庭から出るごみの焼却灰に含まれる放射性セシウム濃度と同程度のものです。今後、排ガス中の放射線量など他の項目の検査・分析を行い、最終的に市長によって災害廃棄物を受け入れるか否かが決定されることとなります。

 私自身、岩手の復興を担当するものとして、福島原発事故の影響が相当程度低い岩手県内の災害廃棄物については、静岡を含む全国の自治体に受け入れをお願いしている立場でもあり、私の地元の自治体の皆さんにご理解を頂き、受け入れに前向きに取り組んで頂いていることに、心から感謝しています。

 岩手では、推計で約435万tの災害廃棄物が発生しています。そのうち、まずコンクリートなど(約170万t)は建設資材として復興事業で使用。金属くず(約73万t)は有償売却。木くず(約4万t)はリサイクルし、可能な限り有効利用して全体量を減らす計画です。残りを市町村の既存の焼却施設や仮設焼却炉で処理(約27万t)したり、大船渡にある太平洋セメントでセメント焼成(約81万t)したり、不燃物などは埋め立て処分(約11万t)などして県内で処理することとし、どうしても県内で処理できない約57万tを広域処理でお願いすることとしています。

 既に現場では殆どの災害廃棄物は市街地などからは撤去され、郊外の一時仮置き場などで分別作業が進められています。因みに現地では、「がれき」と呼ぶことに抵抗がある方が少なくありません。想像してみてください。廃棄物といっても、被災者の方々にとってみれば、自分が暮らしてきた家であり町であります。ごみ扱いされることは決して嬉しいことではありません。

 しかしだからこそ、辛くともしっかりと決別しなれば、次に進めないという心情も是非ご理解ください。より時間をかければ全ての災害廃棄物を岩手県内で処理することも不可能ではありませんが、少しでも復興を早めるためにも、可能なかぎり広域処理にご協力を頂ければ幸いです。どうぞ、よろしくお願いいたします。