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zoom RSS 津川しょうごNews2011年9月5日号

<<   作成日時 : 2011/09/06 02:04   >>

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野田新内閣発足
〜私も政務官と本部長に再任〜

 9月2日午後、民主党代表の野田佳彦衆議院議員を総理とする、野田新内閣が正式に発足しました。東北などの被災地では応急復旧から本復旧、そして更に復興へと向かう大変大事な時期であり、このタイミングでの内閣の交代は決して望ましいものではないと私は思います。また、安倍内閣以降、お決まりのように毎年総理大臣が代わり、民主党政権になってからだけでも2回目となる総理大臣の交代は、国内のみならず国際的な信用をも損ないかねない事態です。菅内閣発足直後の参議院選挙で民主党が敗北、ねじれ国会となり野党の協力も得られず政権運営が行き詰ったことが原因だとはいえ、安定しない政府が国益を損なっていることは否めません。新政権では、震災対応・原発事故対応をはじめとして、これまで長年放置されてきた人口減少社会における様々な諸問題にもしっかりと向き合い、一つ一つ実績を積み重ねることで安定的な政権を作り上げることが必須の課題です。

 私自身は、国土交通省の大臣政務官と東日本大震災復興対策本部の岩手現地対策本部長に再任され、引き続き確実で一日も早い復興を成し遂げるため、被災者に寄り添い最前線で任務に全力を尽くす覚悟です。菅内閣発足時に国交大臣政務官を拝命し、その後の第一次内閣改造時、及び第二次内閣改造時でも留任し約1年3カ月務めてきましたので、今回の新内閣発足でも更に再任されるということは異例だと思われます。これは復興事業に切れ目を作らないための措置だと思われますので、責任を自覚し国土交通行政に係る諸問題も含めしっかりと対処し責務を果たしていきたいと考えています。特に新任の前田国土交通大臣は元々国土交通行政に大変精通した方であり、私も様々なことを更に吸収しながら、なお一層現場主義に徹し、国民のいのちとくらしを守る国土交通行政を実現してまいりたいと考えています。

 12年前、私が初めて民主党の門をたたいた時、出来たばかりの政党であった民主党は、若輩者の私から見ても新党ならではの未成熟さを感じるところがありました。しかし実際に党の中に飛び込んで、それ以上に強く感じたのが若手議員の能力と志の高さです。当時はまだ殆ど無名でしたが、特に感銘を受けたのが樽床伸二氏、前原誠司氏、枝野幸男氏、玄葉光一郎氏、野田佳彦氏の5人です。私は勝手に5人衆と呼んでいましたが、「この中の誰かが」というより、「この人たちが」この国のかじ取りを始めた時、日本の政治は変わる、そして「この人たち」が日本を動かすところをぜひ見てみたい、と強く感じました。あれから12年がたち、日本は更に困難な状況に陥っています。未曾有の大震災にも直面しています。そして私たち民主党は未だ成熟していないことも自覚しなくてはなりません。しかしそれでも、民主党政権は政権を安定させ、選挙で頂いた国民の期待に必ずこたえる責務があります。日本にまともな民主主義を作り上げるためには、国会で政策を論じ、政府がそれを実行し、国民がそれらをよく見、責任を持って選択できる形を作ることが不可欠であると信じています。これまで民主党政権が国民から厳しい評価を頂いていることは承知をしておりますが、この野田政権において必ず評価をして頂けるよう、まずは震災からの復興を中心に全力で取り組んでまいります。


大船渡市東日本大震災犠牲者合同慰霊祭に出席
〜鎮魂と復興の思い新たに〜

 9月3日、大船渡市で行われた東日本大震災合同慰霊祭に、野田総理大臣の代理も兼ねて出席し、犠牲者の御霊に哀悼の誠をささげ、ご冥福をお祈りしてまいりました。大船渡市では今日(9月5日)現在、337名の方がお亡くなりになり、今なお114名の方々の行方が判っていません。慰霊祭の会場となった市民文化会館には600名近いご遺族の方々が参列されており、その全ての皆さんが献花台に白い花を捧げられている様子を見ながら、政府としてしっかりと支えていかなければならないという思いを新たにしました。大船渡市の戸田市長とはこれまでも何度も意見交換を重ね、岩手県も含めて連携を強化していますので、これからもご遺族の方々をはじめ被災者の方々にしっかりと寄り添いながら、着実かつ迅速に復興を進めてまいります。


津川しょうご後援会被災地支援ツアー
〜参加いただいた皆様に心から感謝申し上げます〜

 8月26日、津川しょうご後援会の方々が岩手県の被災地支援のため、ボランティアで応援に来ていただきました。津川しょうご事務所のスタッフが企画したもので、ご参加いただいたのは藤枝市・焼津市・島田市・牧之原市・川根本町・吉田町の後援会の有志の方々を中心にした50名以上の方々。片道800kmを超える道のりを、バス中泊も含む強行軍でお越しいただきました。昭和三陸津波とほぼ同世代の方から現役世代の方、さらにもっと若い方まで、幅広い世代の方々にご参加いただき、余りにきつすぎるのではないかと私は少し心配していたのですが、怪我や事故もなくほっとしているところです。現地からは本当に活躍を頂いたとの感謝の言葉も頂き、私からも心から感謝申し上げます。

 当日は後方支援拠点となっている遠野市のボランティアセンターに入り、支援業務を割り振って頂いて陸前高田市での作業をしていただきました。天気が心配されましたが幸いにも雨は降らず、瓦礫の分別や草取りなどを行って頂きました。その日の夜は盛岡市内のつなぎ温泉に泊まり、翌日、平泉を観光して静岡に戻るコース。観光で東北を応援して頂くという趣旨でしたが、本当にお疲れになったのではないかと思います。私は夕食の時にご挨拶をさせて頂いただけでしたが、参加いただいた皆さんの温かい笑顔と激励に大変勇気づけられ、感謝の気持ちでいっぱいです。私が地元を留守にして復興のために全力を注ぐことができるのも、ご理解を頂き変わらぬご支援を頂いている皆様のおかげです。皆様のご恩に報いるためにも、今は被災者の方々のため、そしていずれは日本全国のために、一日も早い復興が成し遂げられるよう全力で頑張ってまいります。本当にありがとうございました。

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